刑事事件では、DNA型鑑定、薬物鑑定、筆跡鑑定、成分分析など、科学的な鑑定結果が重要な証拠となることがあります。
そのような鑑定を担う機関の一つが、各都道府県警察に設置されている科学捜査研究所、いわゆる「科捜研」です。

ところが、佐賀県警察の科学捜査研究所において、DNA型鑑定に関する多数の不適切な取扱いが行われていたことが明らかとなりました。
詳細は警察庁による特別監査報告書をご参照ください。(https://www.npa.go.jp/bureau/soumu/jinji/01houkokusho.pdf
今回の問題を受け、刑事弁護の場面では、「科捜研が作成した鑑定書を、そのまま証拠として同意してよいのか」という問題が改めて注目されています。

そこで、今回は、刑事裁判において科捜研の鑑定書がどのように証拠となるのか、弁護人が鑑定書を「不同意」とした場合に何が起こるのか、最終的に裁判所はどのように鑑定結果を判断するのかについて解説します。

 

【目次】
1 そもそも科捜研とは何をするところなのか
2 捜査段階の科捜研職員は、厳密には裁判所の「鑑定人」とは違う
3 科捜研の鑑定書は、作られただけでは刑事裁判の証拠にはならない
4 弁護人が鑑定書に「同意」するとどうなるのか
5 「不同意」とすると鑑定書は使えなくなるのか
6 不同意後に重要となる刑事訴訟法321条4項
7 不同意にする意味はどこにあるのか
8 「証拠として採用されること」と「鑑定内容が信用されること」は別問題
9 科捜研職員が「真正に作成した」と言えば、それだけですべて解決するわけではない
10 弁護側は再鑑定を求めることも考えられる
11 今後、科捜研の鑑定書は全て不同意にすべきなのか
12 佐賀県警科捜研の問題が刑事弁護に投げかけたもの
13 当事務所の刑事事件に関する弁護士費用

 


1 そもそも科捜研とは何をするところなのか

科捜研は、各都道府県警察に設置され、科学的・専門的な知識を利用して犯罪捜査に必要な鑑定を行う機関です。
例えば、DNA型鑑定、薬物・毒物の分析、血液や体液の鑑定、筆跡・印影の鑑定、火災や交通事故に関する鑑定などがあります。
DNA型鑑定については、警察庁の指針でも、警視庁及び道府県警察本部の科学捜査研究所が行う鑑定として制度が整備されています。

ここで重要なのは、科捜研は、裁判所から独立した第三者鑑定機関ではなく、警察組織の一部であるという点です。
もちろん、「警察の組織だから鑑定結果が信用できない」ということにはなりません。
しかし、刑事裁判においては、科学的な鑑定であるという理由だけで無条件に正しいものとして扱われるわけでもありません。

 


2 捜査段階の科捜研職員は、厳密には裁判所の「鑑定人」とは違う

刑事訴訟法では、裁判所が専門家に鑑定を命じる制度が定められています。
刑事訴訟法第165条に基づき裁判所から鑑定を命じられた者が、刑事訴訟法上の「鑑定人」です。
これに対し、捜査段階では、刑事訴訟法第223条第1項により、「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは(中略)、鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる。」とされています。
科捜研職員が警察からDNA型鑑定などを依頼される場合は、通常、この捜査機関から鑑定を嘱託された者、いわゆる「鑑定受託者」として鑑定を行うことになります。
そして、鑑定の経過や結果をまとめたものが、一般に「鑑定書」などとして捜査記録に綴られます。

では、この鑑定書は、起訴後、そのまま裁判官の判断材料になるのでしょうか。

 


3 科捜研の鑑定書は、作られただけでは刑事裁判の証拠にはならない

刑事裁判では、検察官が収集した全ての捜査資料を裁判官が自由に読むことができるわけではありません。
検察官が裁判で使いたい証拠については、原則として裁判所に証拠調べを請求しなければなりません。刑事訴訟法第298条第1項は、「検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる。」と規定しています。
したがって、例えば、検察官が、「現場から採取された血痕のDNA型が被告人のDNA型と一致した」という事実を証明したい場合には、科捜研のDNA型鑑定書を証拠として請求することになります。

しかし、ここでもう一つ、鑑定書は「書面」であるという問題があります。
刑事訴訟法第320条は、原則として、公判廷での供述に代えて書面を証拠とすることを禁止しています。
これがいわゆる伝聞法則です。
鑑定を担当した人が法廷で直接話すのではなく、その人が捜査段階で作成した書面を裁判官に読ませる以上、原則として伝聞証拠の問題が生じます。

そこで重要になるのが、「同意」と「不同意」です。

 


4 弁護人が鑑定書に「同意」するとどうなるのか

刑事訴訟法第326条第1項は、「検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。」としています。

例えば、検察官からDNA型鑑定書が証拠請求され、被告人・弁護人側が「同意する」という意見を述べれば、通常は鑑定を担当した科捜研職員をわざわざ法廷に呼ばなくても、鑑定書そのものが証拠として取り調べられることになります。

鑑定内容それ自体に特段争いがない事件では、このような処理がされることが一般的です。

 


5 「不同意」とすると鑑定書は使えなくなるのか

弁護人が科捜研の鑑定書について「不同意」の意見を述べたからといって、最終的にその鑑定書が必ず証拠から排除されるわけではありません。

不同意によって否定されるのは、まず、「被告人側の同意を根拠として刑事訴訟法第326条により証拠にするルート」です。

そこで、検察官は、別の方法によって鑑定書の証拠能力を立証することになります。
典型的には、その鑑定書を作成した科捜研職員を証人として請求することになります。

 


6 不同意後に重要となる刑事訴訟法321条4項

刑事訴訟法第321条第4項は、「鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。」と規定しています。
同条第3項では、作成者が公判期日において証人として尋問を受け、その書面が真正に作成されたものであることを供述した場合に証拠とすることができるとされています。
したがって、第4項の鑑定書についても同様の手続が予定されています。

先ほど説明したように、警察から鑑定を依頼された科捜研職員は、厳密には裁判所から選任された「鑑定人」ではなく「鑑定受託者」です。
しかし、最高裁判所は、捜査機関から嘱託を受けた鑑定受託者の鑑定書にも刑事訴訟法第321条第4項を準用すると判断しています。

したがって、実務上は、

検察官が鑑定書を証拠請求

弁護人が不同意

検察官が鑑定書作成者である科捜研職員を証人請求

科捜研職員を法廷で尋問

作成者が真正に作成した鑑定書であることなどを供述

刑事訴訟法第321条第4項により鑑定書の証拠能力が問題となる

裁判所が証拠採用の可否を判断

という流れになります。

「不同意=鑑定書が永久に証拠にならない」ということにはなりません。

 


7 不同意にする意味はどこにあるのか

それでは、「結局、科捜研職員を呼べば鑑定書が証拠になるのであれば、不同意にしても意味がないのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、実際には大きな意味があります。

最大の意味は、鑑定を担当した本人を法廷に出廷させ、弁護人が反対尋問をする機会を確保できることです。
例えば、DNA型鑑定であれば、弁護人側から、
「本当にこの資料を鑑定したのか」
「資料を取り違えた可能性はないのか」
「採取から鑑定までの保管状況はどうなっているのか」
「DNA抽出液はどのように管理されたのか」
「電気泳動データの原データは残っているか」
「コントロール試料に異常はなかったか」
「ワークシートと機械のログは一致しているか」
「解析条件を途中で変更していないか」
「第三者によるチェックは行われたのか」
といった点を尋問することができます。

佐賀県警の問題では、実際に、鑑定資料の取り違え、別資料のDNA抽出液や電気泳動データの使用、事実と異なるワークシートの記載などが確認されました。

したがって、科学鑑定について争点がある事件では、「鑑定書に何と書いてあるのか」だけを見るのでは不十分であり、その結論に至るまでの過程を検証することが重要になります。

 


8 「証拠として採用されること」と「鑑定内容が信用されること」は別問題

鑑定書には、①証拠能力があるかという問題と、②その証拠をどこまで信用できるかという問題があります。

例えば、不同意とされたDNA型鑑定書について、科捜研職員が法廷に出廷し、「この鑑定書は私が作成したものです」と供述し、刑事訴訟法第321条第4項による証拠能力が認められたとします。

しかし、だからといって、「DNA型鑑定の結論まで正しいことが確定した」ということにはなりません。

刑事訴訟法第318条は、「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。」と規定しています。

したがって、鑑定書自体は証拠として採用されても、反対尋問によって、「資料管理が不適切であった」、「検査手順が守られていなかった」、「原データと鑑定書の記載が一致しない」、「再現性に疑問がある」、「鑑定担当者の説明が不合理である」、といった事情が明らかになれば、裁判所がその鑑定結果を信用しないということもあり得ます。

言い換えれば、「証拠能力」は、裁判官がその証拠を見ることができるかという入口の問題であり、「証明力」は、その証拠を見た上でどれだけ信用するかという中身の問題です。

科捜研の鑑定書を不同意にする弁護活動を考える際には、この二段階を区別する必要があります。

 


9 科捜研職員が「真正に作成した」と言えば、それだけですべて解決するわけではない

さらに注意が必要なのは、刑事訴訟法第321条第4項にいう「真正に作成された」という要件です。
これは基本的には、「その作成者が実際に作成した鑑定書であるか」という証拠能力に関わる問題です。

したがって、作成者が鑑定書を自分で作成したことを認めたからといって、そこに記載された科学的判断が正しいことまで自動的に証明されるものではありません。
例えば、仮に鑑定担当者本人が事実と異なる内容を鑑定書に記載していた場合、「本人が作った書面ではある」という意味での真正と、「書かれている鑑定内容が正しい」という信用性は全く別問題です。

佐賀県警の問題は、まさにこの違いの重要性を示しています。
警察庁の特別監察では、実際に検査を行わずDNA型が検出されなかったとする書類を作成したケースや、上司から指摘を受けず決裁を終えるために日時等を変更していたと考えられるケースも確認されています。

「科捜研が作成した正式な鑑定書だから信用できる」というだけでは、科学的証拠の評価として十分ではありません。

 


10
 弁護側は再鑑定を求めることも考えられる

鑑定結果そのものに疑問がある場合、不同意意見を述べることと反対尋問だけがとり得る手段ではありません。
事件によっては、別の専門家による再鑑定を検討することも重要です。
被告人・弁護人も刑事訴訟法第298条に基づいて証拠調べを請求することができますし、裁判所自身も必要と認めれば職権で証拠調べをすることができます。
そのためには、鑑定書だけでなく、可能であれば、鑑定資料の残余、鑑定時のワークシート、機器から出力された原データ、解析データ、検査記録、コントロール試料の結果など、鑑定結果に至るまでの基礎資料を確認することが重要です。

もっとも、どの資料が開示されるか、再鑑定が物理的に可能かどうかは個別事件によって異なります。
特にDNA型鑑定では、鑑定資料が既に消費されている、時間の経過によって劣化している、残余資料が存在しないといった問題もあります。

実際、佐賀県警の特別監察でも、残余資料が存在しないため再鑑定ができず、捜査への影響を完全に確認できなかった事件がありました。

 


11
 今後、科捜研の鑑定書は全て不同意にすべきなのか

今回の問題を受けて、「科捜研の鑑定書は今後全て不同意にすべきではないか」という議論もあり得ます。
しかし、実際の刑事弁護では、機械的に全て不同意にすればよいという問題ではありません。

例えば、被告人自身が薬物使用を認めており、薬物鑑定の内容について争いが全くない事件でまで、鑑定担当者を証人として呼ぶ必要性があるかは別途検討する必要があります。

反対に、「DNA型の一致が犯人性を認定する中心的証拠となっている」「被告人が薬物の所持や使用を否認している」「鑑定資料の採取や保管方法に疑問がある」「鑑定結果と他の証拠が矛盾している」「鑑定の原データが開示されていない」などの場合には、鑑定書について安易に同意せず、鑑定担当者に対する尋問や再鑑定を含めて検討する必要性が高くなります。

したがって、重要なのは、「科捜研だから信用する」「科捜研だから信用しない」という二者択一ではなく、事案ごとに、鑑定内容を争う必要性の有無や鑑定の過程を具体的に検証することです。

 


12
 佐賀県警科捜研の問題が刑事弁護に投げかけたもの

DNA型鑑定をはじめとする科学的証拠は、客観性が高く、刑事裁判において非常に重要な証拠となります。

しかし、「科学的な方法を使っていること」と、「その事件で適正に科学的手法が実施されたこと」は別問題です。
どれほど精度の高い分析方法であっても、鑑定資料を取り違えれば正しい結果は出ません。
検査を行っていないのに行ったことにすれば、そもそも科学鑑定とはいえません。

佐賀県警の問題では、警察庁自身が、DNA型鑑定は客観証拠に基づく適正な捜査の重要な柱であり、その適正と信頼を確保することは極めて重要であると位置付けています。

刑事弁護人としても、鑑定書の結論だけを見るのではなく、①誰が、②どの資料について、③どのような方法で、④どのような原データを得て、⑤どのような判断過程を経て、⑥鑑定書の結論に至ったのかを検証することが重要になります。

そして、その検証を行うための一つの方法が、検察官請求の鑑定書について「不同意」とし、鑑定担当者本人を公判廷に出廷させ、反対尋問を行うことです。
もっとも、不同意にしただけで鑑定書が排除されるわけではありません。
科捜研職員が出廷し、刑事訴訟法第321条第4項の要件を満たせば、鑑定書そのものは証拠として採用される可能性があります。
その場合にも、鑑定方法、資料管理、原データ、検査手順などを検討し、鑑定結果の「証明力」まで争うことが刑事弁護では重要です。

科捜研の鑑定結果が犯人性や犯罪の成立を左右する事件では、早い段階から刑事事件に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

 


13
 当事務所の刑事事件に関する弁護士費用

当事務所の刑事弁護に関する費用は次のページをご参照ください。
https://kl-o.jp/crime/#00003


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