令和8年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が成立し、同月24日に公布されました。

今回の改正の中でも特に注目されているのが、パソコンなどを使って作成することができる新しい遺言方式「保管証書遺言」の創設です。

そこで今回は、新設される保管証書遺言について、従来の遺言方式との違いも含めて解説します。

なお、改正の概要は、法務省民事局が公表している以下のホームページもご参照ください。

https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html

【目次】

1 令和8年の民法改正で「保管証書遺言」が創設

2 パソコンで作成できるが、「保存しただけ」では遺言にならない

3 なぜ遺言書保管官の前で「全文の口述」をするのか

4 オンライン申請やウェブ会議はどこまで使えるのか

5 法務局に保管されることのメリット

6 自筆証書遺言書保管制度・公正証書遺言との違い

7 保管の申請を撤回すると、遺言を撤回したものとみなされる

8 保管証書遺言でも遺言能力が争われる可能性はある

9 いつからパソコンで遺言を作れるようになるのか

10 押印の任意化など、そのほかの遺言制度の見直し

11 まとめ

12 当事務所の相続・遺言に関する弁護士費用

 

1 令和8年の民法改正で「保管証書遺言」が創設

令和8年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)及びその整備法(同年法律第46号)が成立し、同月24日に公布されました。

この改正は、成年後見制度に関して、後見及び保佐の制度を廃止して補助の制度に一元化すること、遺言制度に関して、電子データ等で作成し法務局において保管する保管証書遺言を創設することなどを内容とするものです。

改正後の民法第967条は、普通の方式による遺言の種類として、「自筆証書」、「保管証書」、「公正証書」及び「秘密証書」の4つを掲げており、保管証書遺言は従来の3種類に加わる第4の遺言方式です。

【図1】改正後の「普通の方式」による遺言の種類

制度創設の背景として、デジタル機器の普及と手書きをする機会の減少、自筆証書遺言の本文を本人が手書きしなければならない負担の大きさ、現在の自筆証書遺言書保管制度が本人の出頭による対面手続を必要としていることなどが挙げられます。

 

2 パソコンで作成できるが、「保存しただけ」では遺言にならない

現在の自筆証書遺言について、民法第968条第1項は、遺言者が全文、日付及び氏名を自書し、これに押印することを求めています。

財産目録については例外が認められていますが(同条第2項)、遺言の本文そのものをパソコンで作成することはできません。

これに対し、改正後の民法第968条の2第1項第1号は、遺言の全文が「記載され、又は記録された証書」を前提としており、パソコン等を用いて作成した遺言のデータのほか、これをプリントアウトしたものについても保管の申請ができます。

もっとも、保管証書遺言は、パソコンで自由に作成したファイルがそのまま遺言として有効になる制度ではありません。

改正後の民法第968条の2第1項は、保管証書によって遺言をするには、次の方式に従わなければならないとしています。

① 遺言者が、遺言の全文(電磁的記録に記録された場合にあっては、遺言の全文及び氏名)が記載され、又は記録された証書について、署名又はこれに代わる措置として法務省令で定めるものを講ずること

② 遺言者が、遺言書保管官の前で、その証書に記載され、又は記録された遺言の全文を口述すること

その上で、同条第2項は、遺言書保管法の定めるところにより当該遺言に係る証書を保管しなければ、その効力を生じないと定めています。

つまり、法務局における保管そのものが、保管証書遺言の効力発生の要件とされているのです。

したがって、自宅のパソコンやUSBメモリ、クラウドストレージに遺言のデータを保存しておいたというだけでは、保管証書遺言として有効にはなりません。

なお、①の「署名に代わる措置」の具体的な内容は法務省令に委ねられていますが、法務省は電子署名を想定していると説明しています。

また、自筆証書遺言と異なり、日付の自書は方式とされておらず、保管を開始した年月日が遺言書保管ファイルに記録されます(改正後の遺言書保管法第11条第2項)。

【図2】保管証書遺言ができるまでの流れ

 

3 なぜ遺言書保管官の前で「全文の口述」をするのか

わざわざ法務局で遺言の内容を口述しなければならないのは、遺言者本人の意思を確認するためです。

手書きの遺言であれば、筆跡が本人性を確認する材料になりますが、パソコンで作成された文章だけを見ても、本当に本人が作成したのか、家族が勝手に作ったものではないのか、といった疑問が生じ得ます。

そこで、新制度では、遺言書保管官による本人確認によって、第三者のなりすましを防止し、遺言者自身が遺言の全文を口述することによって、遺言者の真意に基づかない遺言が作成されることを防止する仕組みが採用されています。

もっとも、口がきけない方については、遺言書保管官の前で遺言の全文を通訳人の通訳により申述し、又は自書することによって口述に代えることができます(改正後の民法第968条の3第1項)。

また、遺言書保管官が財産目録を遺言者に閲覧させることその他の法務省令で定める措置を講ずるときは、その目録については口述等が不要とされています(同条第2項)。

 

4 オンライン申請やウェブ会議はどこまで使えるのか

保管証書遺言については、オンラインによる保管申請が可能になり、一定の場合には遺言書保管官との手続にウェブ会議を利用できます。

ただし、ウェブ会議は無条件に利用できるわけではありません。

改正後の遺言書保管法第8条第1項は、本人確認について、遺言書保管官が申請人に出頭を求め、本人を特定するために必要な資料の提示等や説明を求めるものとしています。

その上で、同条第2項は、申請人からの申出があり、かつ、遺言書保管官がその申出を相当と認めるときに、ウェブ会議の方法によることができると定めています。

遺言の全文の口述についても、同法第7条第7項が同様の枠組みを定めています。

したがって、「新制度になれば誰でも自宅だけで遺言を完成させられる」と理解するのは正確ではなく、具体的な方法は今後の法務省令や運用を確認する必要があります。

 

5 法務局に保管されることのメリット

保管証書遺言には、「パソコンで作れる」ということ以外にも、次のようなメリットがあります。

・法務局が保管するため、遺言書を紛失するリスクを大幅に減らすことができます。

・遺言の内容によって不利益を受ける相続人などによる改ざん・破棄・隠匿のリスクも低くなります。

・遺言者は、その死亡後に、あらかじめ指定した者に対して遺言書を保管している旨を通知することの申出をすることができます(改正後の遺言書保管法第19条)。

・相続開始後、相続人、受遺者、遺言執行者などの「関係相続人等」は、遺言書保管ファイルに記録されている事項を証明した書面等の交付を請求することができます(同法第17条)。

・遺言書保管所に保管されている遺言書については、家庭裁判所の検認に関する民法の規定が適用されません(同法第20条)。そのため、相続開始後の手続を円滑に進めやすくなります。

 

6 自筆証書遺言書保管制度・公正証書遺言との違い

現在でも、法務局に遺言書を預かってもらう自筆証書遺言書保管制度があります。

保管証書遺言との最大の違いは、遺言の本文を手書きする必要があるかどうかです。

現在の制度は、あくまで民法第968条の自筆証書によってした遺言に係る遺言書を法務局が保管するものであり、本文は本人が手書きしなければなりません。

また、保管の申請をするときは、遺言者が遺言書保管所に自ら出頭しなければならないとされています(現行の遺言書保管法第4条第6項)。

今回の改正では、この自筆証書遺言書保管制度についても、オンラインによる保管申請やウェブ会議を利用した各種手続が可能となるよう見直しが行われています。

次に、公正証書遺言は、遺言者が公証人に遺言の趣旨を口授し、公証人が公正証書として遺言書を作成する制度で、証人2人以上の立会いが必要です(民法第969条)。

これに対して、保管証書遺言では、遺言者自身が遺言の内容を作成し、証人の立会いは要件とされていません。

この違いは重要です。

保管証書遺言では、遺言書保管官が本人確認を行い、遺言者が遺言の全文を口述しますが、それは「その人が、その内容の遺言をしたこと」を確認する手続です。

法務局で遺言を保管してもらうからといって、遺言の内容について法務局が法律的に問題がないことを保証してくれるわけではありません。

例えば、他の相続人の遺留分を侵害していたり、不動産の表示が不正確であったり、複数の条項が矛盾していたりすれば、相続開始後に争いになる可能性があります。

これに対して公正証書遺言では、法律の専門家である公証人が遺言者の意思を確認した上で遺言書を作成しますので、方式の不備によって遺言が無効となるおそれが小さく、原本が公証役場に保管されるため紛失や改ざんのリスクも避けられます。

家庭裁判所の検認が不要である点も、保管証書遺言と同様です。

また、公正証書遺言についても手続のデジタル化が進んでおり、遺言者等の押印要件は令和5年の公証人法改正により既に廃止されています。

つまり、「方式として有効な遺言」と「相続トラブルを防ぐために適切な内容の遺言」は別の問題であり、どの方式を選ぶかは、作成の手軽さだけでなく、内容面のチェックをどこまで受けられるかという観点からも検討する必要があります。

【図3】保管証書遺言・自筆証書遺言・公正証書遺言の主な違い

7 保管の申請を撤回すると、遺言を撤回したものとみなされる

改正後の遺言書保管法第14条第1項は、遺言者がいつでも保管の申請を撤回することができると定め、同条第6項は、保管証書遺言書に係る保管の申請を撤回したときは、その保管証書遺言書については、遺言を撤回したものとみなすと定めています。

保管証書遺言は、法務局における保管が効力要件とされているため、保管の申請を撤回すると、その遺言そのものが撤回されたものとして扱われることになります。

自筆証書遺言の場合、保管の申請を撤回して遺言書の返還を受けても、それだけで遺言が撤回されたことになるわけではありませんから、この点は大きな違いです。

「とりあえず返してもらおう」という判断が、そのまま遺言の撤回という結果につながる可能性があることに注意が必要です。

 

8 保管証書遺言でも遺言能力が争われる可能性はある

法務局で本人確認や口述を行うのであれば、遺言が無効になることはないのでは、と思われるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

民法第963条は、遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならないと定めています。

例えば、認知症が進行している方が遺言を作成した場合、相続開始後に、遺言を作った時点では内容を理解できる状態ではなかったとして、遺言の有効性が争われることがあります。

保管証書遺言では、本人確認と全文の口述が行われるため、本人の真意に基づかない遺言の作成を防止する効果は期待されますが、遺言書保管官は、法律上、遺言能力の有無を判断する権限を与えられているわけではありません。

また、遺言の全文を自ら口述することが方式とされている以上、認知機能の低下により口述が難しい方については、そもそも手続を進められない可能性もあります。

高齢で認知機能の低下が疑われる場合などには、遺言の方式だけでなく、遺言作成時の状況をどのように客観的に残すかについても検討する必要があります。

 

9 いつからパソコンで遺言を作れるようになるのか

改正法は令和8年6月17日に成立し、同月24日に公布されましたが、保管証書遺言の制度が既に利用できるようになったわけではありません。

法務省の公表資料によれば、施行時期は改正内容ごとに次の3つに分かれています。

・成年後見制度の見直しに係る改正

公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日

・遺言制度の見直しに係る改正のうち押印の任意化等

公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日

・遺言制度の見直しに係る改正のうちシステムの改修を要する保管証書遺言の創設等

 公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日

【図4】改正法の施行時期

保管証書遺言の創設は、システムの改修を要するため、施行時期が最も遅い区分に位置付けられており、令和8年8月現在、保管証書遺言を作成することはまだできません。

もっとも、現時点で遺言を作成したい方は、将来、判断能力の低下などにより有効な遺言ができる保証はありませんので、「新制度が始まるまで待とう」と安易に考えるべきではなく、自筆証書遺言や公正証書遺言を作成すべきと考えます。

 

10 押印の任意化など、そのほかの遺言制度の見直し

今回の改正では、保管証書遺言の創設だけでなく、従来の遺言制度についても複数の見直しが行われています。

第一に、押印の任意化です。

現行の民法第968条第1項は、自筆証書遺言について押印を要求していますが、改正後はこの押印要件が削除されます。

秘密証書遺言や特別の方式の遺言における押印要件、加除その他の変更の際の押印要件も同様です(民法第968条、第970条、第976条、第979条、第980条ほか)。

ただし、押印が不要になっても、自筆証書遺言について全文、日付及び氏名を自書しなければならない点は変わりません。

この改正の施行も公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日とされていますので、施行前に作成する場合は従来どおり押印が必要です。

第二に、証人・立会人の欠格事由が拡張され、受遺者の被用者(受遺者が法人である場合には、その被用者及び役員)も証人等になれないこととされました(改正後の民法第974条)。

第三に、特別の方式の遺言が見直され、死亡の危急に迫った者の遺言について録音及び録画を同時に行う方法により記録することで証人1人以上の立会いで作成できる方式が設けられ(同法第976条の2)、船舶遭難者の遺言についても「天災その他避けることのできない事変」が発生した場合が作成場面に加えられました(同法第979条、第979条の2)。

第四に、相続欠格事由にも、上記の新たな方式により記録された電磁的記録を不正に作り、破棄し、又は隠匿した者が加えられました(同法第891条第5号)。

 

11 まとめ

遺言は、単に有効な書類を作ることが目的ではなく、自分が亡くなった後、希望したとおりに財産が承継され、できるだけ相続人間の紛争が生じない状態を作ることが重要です。

その観点から、当事務所では、原則として公正証書遺言によって遺言を作成することをおすすめしています。

公正証書遺言では、法律の専門家である公証人が遺言者の意思を確認した上で遺言書を作成しますので、方式の不備によって遺言が無効となるおそれが小さくなります。

また、原本が公証役場に保管されるため、紛失や改ざん、隠匿のリスクを避けることができ、相続開始後の家庭裁判所の検認も不要です。

さらに、公証人と証人が関与した上で作成されるため、後日、遺言能力や遺言者の真意が争われた場合にも、作成時の状況を裏付ける資料が残りやすいという利点があります。

新設される保管証書遺言も、手書きの負担を軽減し、法務局に保管してもらえるという点で有力な選択肢です。

しかし、法務局が遺言の内容の法的な当否まで確認してくれるわけではなく、遺留分への配慮や財産の特定、条項相互の整合性といった、実際に紛争を防ぐために必要な検討は、遺言者自身が行わなければなりません。

そのため、財産が多い場合、相続関係が複雑な場合、相続人の間で争いが生じる可能性がある場合などには、公正証書遺言を選択する必要性が高いと考えられます。

当事務所では、遺言書の作成、遺産分割、遺留分など、相続に関するご相談を取り扱っています。

遺言について、どの方式を選べばよいか分からない場合や、将来の相続トラブルをできる限り防止したい場合には、弁護士に相談した上で、ご自身の財産状況や家族関係に適した遺言の内容を検討することをおすすめします。

 

12 当事務所の相続・遺言に関する弁護士費用

当事務所の相続・遺言に関する費用は次のページをご参照ください。

https://kl-o.jp/inheritance/

お電話でのお問い合わせ

平日9時~18時で弁護士が電話対応

※初回ご来所相談30分無料

☎︎ 03-5875-6124