令和8年10月1日、改正労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)が施行され、全ての事業主に対し、顧客や取引先等によるカスタマーハラスメント(いわゆるカスハラ)から労働者を守るための雇用管理上の措置を講ずることが法律上義務付けられました。企業規模による猶予はなく、小売店、飲食店、介護・医療事業所、不動産業、建設業など、従業員を一人でも雇用している事業主は全て対象です。

本コラムでは、改正法と厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)に基づき、法律上のカスハラの定義、事業主が講じなければならない措置、義務を怠った場合のリスク、悪質な顧客等に対する法的手段、そしてカスハラを受けた労働者が取り得る対応について、弁護士が解説します。

 

【目次】

第1 カスハラ対策義務化の概要
1 改正の経緯
2 施行日と対象事業主

第2 法律上の「カスタマーハラスメント」とは
1 条文(労働施策総合推進法第33条第1項)
2 カスハラの3つの要素
3 正当なクレームとの区別

第3 事業主が講じなければならない措置
1 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
2 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
3 事後の迅速かつ適切な対応
4 カスハラを抑止するための措置
5 併せて講ずべき措置(プライバシー保護と不利益取扱いの禁止)
6 他の事業主との連携と、自社の従業員が加害者となる場合
7 望ましい取組

第4 義務を怠った場合のリスク
1 行政上の措置
2 民事上の責任(安全配慮義務違反)
3 労災認定との関係

第5 悪質な顧客等に対する法的手段
1 刑事上の対応
2 民事上の対応
3 取引の拒絶・契約の解除

第6 企業が早急に整備すべきこと

第7 カスハラを受けた労働者の方へ

第8 よくある質問

第9 当事務所のサポート

 

第1 カスハラ対策義務化の概要

1 改正の経緯
カスハラは近年、小売・サービス業、介護・医療、不動産管理、行政窓口など幅広い分野で深刻化しています。厚生労働省の「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」(令和6年3月)によれば、過去3年間にカスハラの相談があった企業は27.9%に上り、相談件数が「増加している」と回答した企業(23.2%)が「減少している」と回答した企業(11.4%)を上回っています。パワハラやセクハラでは減少していると回答した企業が増加していると回答した企業を上回っているため、対照的な結果となりました。また、過去3年間にカスハラを受けたと回答した労働者は10.8%で、その内容は「継続的な、執拗な言動」(57.3%)、「威圧的な言動」(50.2%)が上位を占めています。

こうした状況を受け、厚生労働省は令和4年2月に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表し、令和5年9月1日には精神障害の労災認定基準(基発0901第2号)を改正して、「顧客や取引先、施設の利用者等から著しい迷惑行為を受けた」ことを心理的負荷の評価対象となる具体的出来事として明記しました。さらに東京都では、全国初となる「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(令和6年東京都条例第140号)が令和7年4月1日に施行され、「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」(同条例第4条)と定められています。もっとも、これらは事業主に具体的な法的義務を課すものではなく、罰則もありませんでした。

そこで、令和7年6月11日に公布された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号)により、パワーハラスメント防止措置と同様の枠組みで、カスハラ対策が事業主の法律上の義務とされることになりました(図1)。

図1 カスハラ対策義務化までの経緯。令和4年2月 厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表。令和5年9月 精神障害の労災認定基準に「顧客等からの著しい迷惑行為」を追加。令和7年4月 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が施行(令和6年10月公布)。令和7年6月 改正労働施策総合推進法が公布(令和7年法律第63号)。令和8年2月 厚生労働省がカスハラ防止指針を告示(告示第51号)。令和8年10月1日 カスハラ対策の義務化が施行(企業規模を問わず全事業主)。※同日、求職者等に対するセクシュアルハラスメント防止措置(改正男女雇用機会均等法)も施行。

 

2 施行日と対象事業主
カスハラ対策の義務化に関する規定は、令和8年10月1日から施行されています。パワーハラスメント防止措置が義務化された際には、中小企業について約2年間の猶予期間(令和4年3月末までは努力義務)が設けられましたが、今回のカスハラ対策には企業規模による猶予はなく、大企業も中小企業も、令和8年10月1日から一斉に義務を負います。対象となる労働者には、正社員だけでなく、パート・アルバイト、契約社員、派遣労働者も含まれます。

なお、同日には改正男女雇用機会均等法も施行され、就職活動中の学生やインターンシップ参加者など「求職者等」に対するセクシュアルハラスメントの防止措置も事業主に義務付けられました。また、フリーランス(特定受託事業者)に対する顧客等の言動への対策については、改正法の附則において政府の検討事項とされています。

 

 

第2 法律上の「カスタマーハラスメント」とは

1 条文(労働施策総合推進法第33条第1項)
改正後の労働施策総合推進法第33条第1項は、次のように定めています。
「事業主は、職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(次条第五項において「顧客等」という。)の言動であつて、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(以下この項及び次条第一項において「顧客等言動」という。)により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該顧客等言動への対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

このうち「抑止のための措置」の部分は、衆議院での修正により追加されたもので、単に相談を受け付けるだけでなく、悪質な顧客等の行為をやめさせるための実効的な措置が求められることを明確にしたものです。

 

2 カスハラの3つの要素
指針によれば、職場におけるカスハラとは、⑴顧客等の言動であって、⑵社会通念上許容される範囲を超えたものにより、⑶労働者の就業環境が害されるもの、という3つの要素を全て満たすものをいいます。逆に言えば、3つの要素のうち一つでも欠ければ、法律上のカスハラには当たりません(図2)。

図2 法律上の「職場におけるカスタマーハラスメント」の3つの要素。①顧客等の言動:顧客、取引の相手方、施設の利用者その他事業に関係を有する者(取引先の担当者、利用者の家族、近隣住民等を含む)。対面のほか電話・メール・SNSも対象。②社会通念上許容される範囲を超えたもの:「言動の内容」又は「手段・態様」のいずれかが範囲を超えれば該当。考慮要素:目的、経緯・状況、業種・業態、業務の性質、態様・頻度・継続性、労働者の属性等。③就業環境が害される:身体的・精神的苦痛により就業上看過できない支障が生ずること。「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断。強い苦痛を与える言動なら1回でも該当し得る。3つの要素を全て満たすもの=法律上のカスハラ(労働施策総合推進法第33条第1項、指針)。含まれないもの:商品・サービスの不備についての正当な申入れ・クレーム、障害者からの不当な差別的取扱いの是正要求、合理的配慮の申出。「職場」「労働者」の範囲:店舗・事務所のほか、取引先、顧客の自宅、訪問先など業務を遂行する場所。正社員のほか、パート・アルバイト、契約社員、派遣労働者。

⑴ 顧客等の言動
「顧客等」とは、顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者をいい、商品・サービスの購入者や利用者、問合せをしてきた者のほか、取引先の担当者、契約交渉の相手方、施設の利用者やその家族、施設の近隣住民なども含まれます。個人消費者からのクレームだけでなく、企業間取引における取引先担当者からの理不尽な要求も対象となる点に注意が必要です。
また、「職場」とは労働者が業務を遂行する場所をいい、店舗や事務所に限らず、取引先の事務所や顧客の自宅、訪問介護の現場などで業務を遂行している場合も「職場」に含まれます。対面の言動に限らず、電話、電子メール、SNSへの投稿などによる言動も対象です。


⑵ 社会通念上許容される範囲を超えたもの
指針は、言動の目的、労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等を総合的に考慮して判断するとしています。その上で、「言動の内容」が社会通念上許容される範囲を超える場合と、「手段や態様」が社会通念上許容される範囲を超える場合の二つの類型を示しています。

ア 言動の内容が許容範囲を超える例として、要求に理由がない、又は商品・サービスと全く関係のない要求(性的な要求やプライバシーに関わる要求など)、契約内容を著しく超えるサービス提供の要求、対応が著しく困難又は不可能な要求(契約金額の著しい減額の要求など)、不当な損害賠償の要求などが挙げられています。

 

イ 手段や態様が許容範囲を超える例として、身体的な攻撃(殴る、蹴る、物を投げるなど)、精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要、盗撮、SNSへの投稿など)、威圧的な言動(大声を出す、反社会的な言動など)、継続的・執拗な言動(同じ質問の繰り返し、揚げ足取り、繰り返しのメール送信など)、拘束的な言動(長時間の居座り、電話による長時間の拘束など)が挙げられています。要求の内容自体は正当であっても、手段や態様が不相当であればカスハラに当たり得ます。


⑶ 労働者の就業環境が害されること
労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生ずるなど、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生ずることをいいます。判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち同様の状況で当該言動を受けた場合に社会一般の労働者が看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動かどうかを基準とします。強い身体的又は精神的苦痛を与える態様の言動であれば、1回の言動でも就業環境が害されることがあり得ます。

 

3 正当なクレームとの区別
顧客等が商品やサービスの不備について改善を求めたり、契約に基づく権利を主張したりすること自体は、正当な申入れであり、カスハラには当たりません。指針も、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れであってカスハラには当たらないと明記しています。カスハラ対策は「顧客の声」を封じるためのものではなく、企業には、正当なクレームに真摯に対応することと、社会通念上許容される範囲を超えた言動から従業員を守ることとを、冷静に切り分ける姿勢が求められます(図3)。

また、障害のある方が、障害者差別解消法で禁止されている不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去(合理的配慮)を必要としている旨の意思を表明すること自体は、カスハラには当たりません。事業者は、その実施に伴う負担が過重でないときは、必要かつ合理的な配慮をしなければなりません。

図3 正当なクレームとカスハラの区別(指針の考え方)。要求の内容が妥当(商品の不備の是正、契約上の権利の主張等)で手段・態様が相当(冷静な申入れ・交渉):正当なクレーム。カスハラには当たらない。真摯に対応し、商品・サービスの改善につなげる。要求の内容が妥当で手段・態様が不相当(暴行・脅迫・暴言・土下座強要・長時間拘束等):カスハラ(手段・態様型)。要求自体が正当でも、手段・態様が社会通念上許容される範囲を超えれば該当し得る。要求の内容が不当(理由のない要求、契約を著しく超える要求、不当な損害賠償要求等)で手段・態様が相当:カスハラ(内容型)。態様が穏当でも、要求内容が社会通念上許容される範囲を超えれば該当し得る。毅然と拒否する。要求の内容が不当で手段・態様が不相当:カスハラ(典型例)。警察通報・警告文・出入り禁止・仮処分などの抑止措置の対象。※該当性は、言動の目的、経緯・状況、業種・業態、業務の性質、頻度・継続性、労働者の属性等を総合考慮して判断される(指針)。

 

第3 事業主が講じなければならない措置

事業主が講ずべき措置の具体的内容は、労働施策総合推進法第33条第4項に基づき定められた指針「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)に示されています。その骨子は次のとおりです(図4)。

図4 事業主が講ずべき措置の全体像(労働施策総合推進法第33条・指針)。平時の備え:1 方針の明確化と周知・啓発、2 相談体制の整備。発生時の対応:3 事後の迅速かつ適切な対応、4 抑止のための措置。5 併せて講ずべき措置:相談者・行為者等のプライバシー保護/相談・事実確認への協力・労働局への援助申請等を理由とする不利益取扱いの禁止(第33条第2項等)を定めて周知

1 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
カスハラに対しては毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発することが必要です。カスハラの内容や対処方法をあらかじめ定め、社内報、パンフレット、社内ホームページ、研修等によって周知します。方針を顧客等にも周知すること(店頭掲示やウェブサイトへの掲載など)は、カスハラの抑止に効果的であり、指針上も望ましい取組とされています。


2 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知しなければなりません。パワハラやセクハラの相談窓口と一体的に設置することも可能です。相談窓口の担当者は、カスハラに該当するか否か微妙な場合や、発生のおそれがある段階でも広く相談に応じ、被害者が萎縮して相談をためらうことのないよう適切に対応する必要があります。


3 事後の迅速かつ適切な対応
カスハラに係る相談があった場合には、⑴事実関係を迅速かつ正確に確認すること、⑵被害を受けた労働者に対する配慮の措置(担当者の交代、複数人での対応、メンタルヘルス不調への相談対応など)を適正に行うこと、⑶再発防止に向けた措置(方針の再周知、商品・サービスや接客方法の見直しなど)を講ずることが求められます。行為者が取引先など他の事業主の労働者又は役員である場合には、当該他の事業主に事実関係の確認への協力を求めることも必要です。


4 カスハラを抑止するための措置
改正法が明文で求める「抑止のための措置」として、指針は、特に悪質なカスハラへの対処方針をあらかじめ定めて周知し、これを実行するための体制を整備することを求めています。具体的な対処の例として、犯罪に該当する言動についての警察への通報、警告文の発出、商品の販売やサービスの提供の制限・拒否、店舗・施設への出入り禁止、民事保全法に基づく仮処分命令の申立てなどが挙げられています。

また、現場での対応として、直ちに上司の報告・指示を仰ぐこと、可能な限り労働者を一人で対応させないこと、顧客等とのやり取りを録音・録画すること、十分な説明をしても同じ要求を繰り返す場合には退店を求めたり電話を切ったりすること、現場での対応が困難な場合には本社・本部と情報共有すること、法的手続が必要な場合には弁護士に相談することなどが例示されています。


5 併せて講ずべき措置(プライバシー保護と不利益取扱いの禁止)
相談者や行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を労働者に周知しなければなりません。また、労働者が相談をしたことや、事実確認に協力したこと、都道府県労働局の紛争解決援助を求めたことなどを理由として、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならず(労働施策総合推進法第33条第2項、第36条第2項、第37条第2項)、その旨を定めて周知・啓発することが必要です。


6 他の事業主との連携と、自社の従業員が加害者となる場合
改正法は、他の事業主から措置の実施に関し必要な協力(事実確認への協力など)を求められた場合には、これに応ずるよう努めなければならないと定めています(同法第33条第3項)。取引先から「貴社の担当者の言動について事実確認に協力してほしい」と求められた場合、これに応じないことや、協力を求められたことを理由に契約を解除するなどの不利益な取扱いをすることは望ましくないとされています。

また、事業主は、自社の労働者が他の事業主の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするよう努めなければならず(同法第34条第2項)、役員自らも同様の注意を払う努力義務を負います(同条第3項)。自社の従業員が取引先や店舗の従業員に対してカスハラを行った事実が確認された場合には、就業規則等に基づく懲戒処分その他の措置を講ずることが望ましいとされていますので、就業規則の服務規律や懲戒事由の整備が必要です。


7 望ましい取組
このほか指針は、労働者の対応力向上のための研修、顧客等の心理や障害特性についての理解の促進、アンケート調査等による運用状況の把握と見直し、業種・業態ごとの実態を踏まえた取組などを、望ましい取組として挙げています。

 

 

第4 義務を怠った場合のリスク

1 行政上の措置
措置義務違反に対する直接の罰則はありません。しかし、厚生労働大臣は、事業主に対して助言、指導又は勧告をすることができ、労働施策総合推進法第33条第1項・第2項の規定に違反する事業主が勧告に従わなかったときは、その旨を公表することができます(同法第42条)。また、厚生労働大臣は事業主に対して報告を求めることができ、報告をせず、又は虚偽の報告をした者は20万円以下の過料に処せられます(同法第45条第1項、第51条)。企業名の公表は、取引先や採用市場における信用に直結する重大なリスクです。

では、葛飾区内の企業は、実際にはどの行政機関から指導を受けるのでしょうか。労働施策総合推進法第46条第1項は、厚生労働大臣の権限の一部を厚生労働省令の定めにより都道府県労働局長に委任できると定め、これを受けた同法施行規則第15条第1項(令和8年10月1日施行版)は、同法第42条第1項の助言・指導・勧告の権限と第45条第1項の報告請求の権限を都道府県労働局長に委任しています(同法施行規則第15条第1項第4号、第7号。同条第2項により、助言・指導・勧告の権限は事業所の所在地を管轄する公共職業安定所長にも委任されていますが、労働局長が自ら行うことを妨げないとされています)。都道府県労働局は、厚生労働省設置法第17条及び第21条に基づき厚生労働省の地方支分部局として都道府県ごとに置かれる国の機関であり、葛飾区を含む東京都内の事業場を管轄するのは東京労働局(千代田区九段南)です。ハラスメントに関する事業主への指導は、その内部組織である雇用環境・均等部指導課が担当しており、パワハラ・セクハラ・育児介護に関するハラスメントと同様、カスハラ対策についても同課から助言・指導・勧告や報告の求めを受けることになります。一方、企業名の公表(同法第42条第2項)は委任の対象とされておらず、厚生労働大臣(本省)の権限として留保されています。

なお、労働基準監督署(葛飾区の事業場は向島労働基準監督署の管轄)は、都道府県労働局の所掌事務の一部を分掌する機関(厚生労働省設置法第22条)として労働基準法や労働安全衛生法等の監督を担当するものであり、カスハラ措置義務に関する指導は所管していません。また、東京都カスタマー・ハラスメント防止条例は事業者に努力義務を課すにとどまり、東京都が事業者を指導し又は公表する仕組みは設けられていません。

さらに、カスハラ措置義務に関する労働者と事業主との間の紛争は、東京労働局長による助言・指導・勧告(労働施策総合推進法第36条第1項)や、東京労働局に置かれる紛争調整委員会による調停(同法第37条)の対象となります。労働者からの相談は、東京労働局及び各労働基準監督署に設置されている総合労働相談コーナーでも受け付けられています。



2 民事上の責任(安全配慮義務違反)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負っています(労働契約法第5条)。カスハラを放置し、あるいは顧客等の理不尽な要求に従業員を従わせた結果、従業員が精神疾患を発症するなどした場合、会社は安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われ得ます。今回の法改正と指針により、事業主が講ずべき措置の水準が明確になったことで、対策を講じていない事業主の責任は、より問われやすくなると考えられます。

参考となる裁判例として、甲府地方裁判所平成30年11月13日判決(労働判例1202号95頁)があります。担任する児童の自宅を訪問した際に飼い犬にかまれた小学校教諭が、保護者に損害賠償(保険)の話をしたところ、保護者側が学校を訪れて謝罪を要求し、校長は、教諭に非がないにもかかわらず、その場を穏便に収めるため、保護者らの面前で教諭に謝罪をさせ(教諭は土下座までしました)、さらに翌日には教諭一人で児童宅を訪問して謝罪するよう指示しました。教諭はその後うつ病を発症しました。裁判所は、教諭が損害賠償を求めることは権利の行使として何ら非難されるべきものではないとした上で、校長の一連の対応は職務上の優越的地位を背景として社会通念上許容される範囲を逸脱した違法なものであるとして、市及び県の損害賠償責任(国家賠償法)を認めました。管理職が顧客等の理不尽な要求から部下を守らず、安易に謝罪や単独対応を命ずること自体が、違法なパワーハラスメントと評価され得ることを示した事例です。


3 労災認定との関係
前述のとおり、精神障害の労災認定基準では「顧客や取引先、施設の利用者等から著しい迷惑行為を受けた」ことが具体的出来事として明記されており、迷惑行為の内容・程度や反復・継続性に加えて、「会社の対応の有無及び内容、改善の状況」も心理的負荷の評価の視点とされています。著しい迷惑行為を受けた労働者が会社に相談しても適切な対応がなく改善されなかった場合には、心理的負荷が「強」と評価され、労災と認定される可能性が高まります。以上のリスクを整理すると図5のとおりです。

図5 義務を怠った場合に事業主が負うリスク。措置義務違反への直接の罰則はないが、次の三方向からの責任・不利益が生じ得る。行政上の措置:都道府県労働局による助言・指導・勧告、勧告に従わない場合は企業名の公表、報告の請求に応じない・虚偽報告は20万円以下の過料、労働者との紛争は労働局長の援助・調停の対象。民事上の責任:使用者の安全配慮義務、放置・理不尽な要求に従わせた場合は従業員に対する損害賠償責任(甲府地判平成30年11月13日は、保護者の理不尽な要求に応じて教諭に謝罪・単独訪問を命じた校長の対応を違法と判断)。労災認定・人材面:精神障害の労災認定基準に「顧客等からの著しい迷惑行為」を明記、相談しても会社が対応せず改善しない場合は心理的負荷「強」として労災認定の可能性、離職・採用難、企業名公表による信用低下、対応コストの増大

 

 

第5 悪質な顧客等に対する法的手段

カスハラの行為者に対しては、会社又は被害を受けた従業員が、次のような法的手段を取ることができます。弁護士が代理人として警告書を送付するだけでも、行為が収まることは少なくありません(図6)。

図6 悪質な顧客等に対して取り得る法的手段。刑事上の対応:暴行罪・傷害罪・脅迫罪・強要罪・恐喝罪・威力業務妨害罪・偽計業務妨害罪・不退去罪・名誉毀損罪・侮辱罪→警察への通報、被害届・告訴。民事上の対応:不法行為に基づく損害賠償請求、取引先従業員の言動が事業の執行についてされたものなら使用者責任、しつこい電話・来店・面談要求には面談強要禁止等の仮処分→弁護士名での警告書の送付で収まることも多い。取引の拒絶・契約の解除:契約自由の原則に基づく販売・サービス提供の拒否、継続的契約の解除、利用規約・約款・契約書にカスハラ条項(提供停止・解除事由)を設けて根拠を明確化。※医療・介護・公共性の高いサービスでは提供拒否が制限される場合があり個別検討が必要。対応の流れ:現場での記録・録音・録画、一人で対応させない→本部・相談窓口への報告、対処方針の決定→警告文・出入り禁止、サービス提供の停止→警察通報・告訴、仮処分・損害賠償請求

1 刑事上の対応
暴力を振るう行為は暴行罪(刑法第208条)・傷害罪(同第204条)、「殺すぞ」「店をつぶしてやる」などと告げる行為は脅迫罪(同第222条)、土下座や不当な金銭の支払を強いる行為は強要罪(同第223条)・恐喝罪(同第249条)、大声を上げて営業を妨げる行為は威力業務妨害罪(同第234条)、退去を求めても居座る行為は不退去罪(同第130条)、SNS等で従業員や店舗を誹謗中傷する行為は名誉毀損罪(同第230条)・侮辱罪(同第231条)・偽計業務妨害罪(同第233条)に当たり得ます。身体の危険がある場合や居座りが続く場合にはためらわずに警察に通報し、被害届の提出や告訴を検討します。


2 民事上の対応
カスハラにより従業員が精神的苦痛を受け、又は会社の業務に支障が生じた場合、行為者に対して不法行為に基づく損害賠償(民法第709条)を請求することができます。行為者が取引先の従業員であり、その言動が事業の執行についてされたものである場合には、取引先企業に使用者責任(同第715条)を問い得ることもあります。また、しつこい電話・来店・面談の要求が続く場合には、裁判所に対し、面談の強要や電話等の禁止を命ずる仮処分(民事保全法上の仮の地位を定める仮処分)を申し立てることができます。


3 取引の拒絶・契約の解除
事業者には契約自由の原則があり、悪質なカスハラを繰り返す顧客等に対しては、商品の販売やサービスの提供を拒否し、又は継続的な契約を解除することが認められる場合があります。利用規約や約款、契約書に、カスハラ行為があった場合にはサービスの提供を停止し、又は契約を解除することができる旨の条項を設けておくことは、対応の根拠を明確にする上で有効です。もっとも、医療・介護や公共性の高いサービスなど、業種によっては提供拒否が制限される場合もあるため、個別の検討が必要です。

 

 

第6 企業が早急に整備すべきこと

改正法は令和8年10月1日に施行されていますので、まだ整備が済んでいない事業主は、早急に対応する必要があります。以上を踏まえ、事業主が整えておくべき事項を整理すると、次のとおりです。

⑴ カスハラに対する基本方針の策定と、社内(就業規則・社内報・研修)及び社外(店頭掲示・ウェブサイト)への周知

⑵ 就業規則・服務規律の見直し(相談を理由とする不利益取扱いの禁止、自社従業員による他社へのカスハラを懲戒事由に含めること)

⑶ 相談窓口の設置・周知(既存のハラスメント相談窓口との一体化も可)と担当者への教育

⑷ 現場対応マニュアルの整備(一人で対応させない、録音・録画、要求拒否の基準、退店要請・通話終了の基準、警察・本部・弁護士への連絡ルール)

⑸ 悪質事案への対処方針(警告書、出入り禁止、取引停止、仮処分・刑事告訴)の事前決定

⑹ 相談・対応記録の様式の整備と、プライバシー保護を前提とした関係部門での共有・再発防止の仕組み

⑺ 取引先との間で、相互の従業員へのハラスメントについて事実確認に協力する旨の取決め(契約条項等)の検討

これらの整備は、労働者の保護にとどまらず、悪質なクレームへの対応に費やされていた時間とコストを削減し、従業員の定着や採用力の向上にもつながります。

 

第7 カスハラを受けた労働者の方へ

顧客や取引先から理不尽な要求や暴言を受けた場合、まずは一人で抱え込まず、上司や社内の相談窓口に相談してください。令和8年10月1日以降、会社には相談に応じて適切に対応する法律上の義務があり、相談したことを理由に解雇や配置転換などの不利益な取扱いをすることは禁止されています。

会社が相談に応じない、あるいは顧客等の要求に従うよう一方的に指示するといった場合には、都道府県労働局(東京労働局雇用環境・均等部)に対して援助(助言・指導・勧告)や調停を求めることができるほか、精神疾患を発症した場合には労災の申請、会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求、行為者に対する損害賠償請求も選択肢となります。日時、相手方、言動の内容、対応した上司の指示などを記録し、録音やメールなどの証拠を保存しておくことが重要です。

 

第8 よくある質問

Q1 商品の不備について強い口調で苦情を言われました。カスハラに当たりますか。
A1 商品やサービスの不備について改善や補償を求めること自体は正当なクレームであり、カスハラではありません。ただし、要求内容が正当であっても、長時間にわたり大声でどなり続ける、土下座を要求する、人格を否定する暴言を繰り返すなど、手段や態様が社会通念上許容される範囲を超える場合には、カスハラに当たり得ます。

Q2 従業員数10人程度の会社ですが、対策は必要ですか。
A2 必要です。今回の義務化には企業規模による猶予がなく、労働者を一人でも雇用する事業主は、令和8年10月1日から全て対象となります。小規模事業者であっても、方針の明確化・周知、相談窓口の設定、事後対応の手順の整備は必須です。

Q3 取引先の担当者から無理な値引きや納期の要求を繰り返されています。
A3 「顧客等」には取引の相手方も含まれますので、取引先担当者による言動もカスハラ対策の対象です。契約内容を著しく超える要求や、契約金額の著しい減額の要求は、指針が挙げる典型例にも当たります。取引先企業に対して事実確認への協力を求めることができ、取引先企業はこれに応ずる努力義務を負います。

Q4 対策をしなかった場合、罰則はありますか。
A4 措置義務違反に対する直接の罰則はありませんが、行政による助言・指導・勧告の対象となり、勧告に従わない場合には企業名が公表されることがあります。また、対策を怠ったまま従業員が被害を受けた場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われるリスクがあります。

 

第9 当事務所のサポート

弁護士法人葛飾総合法律事務所では、葛飾区をはじめとする東京東部の中小企業の皆様に向けて、カスハラ対策の基本方針・社内規程・対応マニュアルの作成、就業規則の改定、管理職・従業員向け研修、悪質なクレーマーへの警告書の送付や仮処分・損害賠償請求・刑事告訴などの法的対応を、顧問契約又は個別のご依頼によりサポートしています。また、カスハラの被害を受けた労働者の方からのご相談も承っています。「これはカスハラに当たるのか」「どこまで対応すべきか」といった判断に迷われた際は、お早めにご相談ください。
(本コラムは令和8年9月時点の法令・指針等に基づいています。)


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