夫婦が別居した場合、収入の少ない側や子どもを監護している側は、相手に対して「婚姻費用」の支払いを求めることができます。

婚姻費用とは、別居中の夫婦や未成熟子の生活費など、婚姻生活を維持するために必要な費用をいいます。裁判所も、婚姻費用について「別居中の夫婦の間で、夫婦や未成熟子の生活費などの婚姻生活を維持するために必要な一切の費用」と説明しており、話合いがまとまらない場合には、家庭裁判所に婚姻費用分担調停又は審判を申し立てることができます。

もっとも、実務上よく問題になるのは、「いくら支払ってもらえるか」だけではありません。
「いつの分から支払ってもらえるのか」、すなわち婚姻費用の始期が、大きな争点になることがあります。

目次
1 婚姻費用の根拠は民法760条
2 婚姻費用の始期とは何か
3 基本は「請求時」。ただし、実務上は調停申立時説的運用となっている場面も多い
⑴ 調停申立月以降は認められやすい
⑵ 調停前の明確な請求による遡及の可能性
⑶ 例外的に「請求時より前」が問題となるケース(最高裁平成24年決定)
4 「請求した」といえるために何が必要か
⑴ 支払いを求める意思の客観的な明示
⑵ 金額又は算定根拠の明確さ
⑶ 確実な証拠(内容証明郵便、メール、LINEなど)の確保
5 「養育費」と書いていた場合でも婚姻費用と評価できることがある
6 すでに一部支払われている場合はどうなるか
7 調停申立て前に請求しておくべき理由
8 婚姻費用の請求書面に入れるべき内容
⑴ 離婚成立までの「婚姻費用」であることの明記
⑵ 希望する始期の明確化
⑶ 金額または算定方法、及び遡及精算の旨
⑷ 支払期限と振込口座の指定
9 よくある質問(Q&A)
Q1. 別居した月から当然に婚姻費用を請求できますか?
Q2. 調停を申し立てる前にLINEで請求しても意味はありますか?
Q3. 内容証明郵便でないと始期として認められませんか?
Q4. 申立書に書いた金額より後から多く請求することはできますか?
Q5. 離婚協議で「養育費」として話していた場合、婚姻費用の請求にはなりませんか?
10 まとめ

1 婚姻費用の根拠は民法760条

民法760条は、夫婦が「その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」と定めています。
実務では、夫婦それぞれの収入、子どもの人数・年齢などをもとに、裁判所が公表している標準算定方式・算定表を参考に婚姻費用の額を検討するのが一般的です。裁判所は、令和元年版の改定標準算定方式・算定表を公表しており、家庭裁判所で養育費・婚姻費用を算定する際に活用される資料であることを説明しています。
ただし、算定表はあくまで標準的な目安です。子どもの教育費、住宅関係費、医療費、収入の特殊性など、個別事情によって修正が問題となることがあります。


2 婚姻費用の始期とは何か

婚姻費用の始期とは、簡単にいえば、婚姻費用を何月分から支払うべきかという問題です。
たとえば、令和6年9月に別居し、令和7年1月に婚姻費用分担調停を申し立てた場合、令和6年9月分から請求できるのか、令和7年1月分からなのかが問題になります。
この点について、「別居したら当然に別居時から全額請求できる」と考えている方も少なくありません。しかし、実務では必ずしもそう単純ではありません。

婚姻費用は、夫婦の生活保持義務を基礎とする重要な費用ですが、何年も前に遡って突然多額の請求がされると、支払う側にとって過酷な結果になることもあります。そのため、実務上は、婚姻費用の支払いを求める意思がいつ明確になったかが重視されます。


3 基本は「請求時」。ただし、実務上は調停申立時説的運用となっている場面も多い

婚姻費用の始期については、一般に「請求時」を基準に考えます。
つまり、婚姻費用を支払ってほしいという意思が相手に明確に伝わった時点から、婚姻費用の支払いを検討するという考え方です。
もっとも、家庭裁判所の実務では、遅くとも調停申立時には請求を行ったことは間違いないことから、調停申立時を始期とする扱いも根強く残っています。
筆者は全く適切とは考えませんが、家裁実務では、双方が(書面等の合意はないものの)婚姻費用として支払っていることを前提としていた場面においてもなお、調停申立時を始期として、過去の未払婚姻費用の精算は調停申立時以前には遡らないとする取扱いも現にございます。

したがって、婚姻費用の始期については、次のように整理しておくと分かりやすいでしょう。
⑴まず、少なくとも調停を申し立てた月以降は、始期として認められやすい。
⑵ただし、調停申立てより前に、書面・メール・LINE・内容証明郵便などで婚姻費用を明確に請求していた場合には、その請求時まで遡れる可能性がある。
⑶さらに例外的に、別居時から請求時までの期間が短い、相手方が要扶養状態を当然認識できたなどの事情がある場合には、請求時より前の時期が問題となることもある。

もっとも、このような判断は個別事情によるものです。一般論としては、別居しただけで当然に別居時まで遡れると考えるのではなく、早めに明確な請求(調停の申立)をしておくことが確実かつ重要です。


4 「請求した」といえるために何が必要か

調停申立て前の時点を婚姻費用の始期として主張するには、単に「生活費が足りないと話した」という程度では足りないと争われることがあります。
実務上は、少なくとも次のような事情が重要です。

⑴1つ目は、支払いを求める意思が客観的に分かることです。
「生活が苦しい」「お金を入れてほしい」という表現だけでは、後から見ると、慰謝料、財産分与、養育費、住宅ローン、立替金など、何の支払いを求めたのかが曖昧になることがあります。

⑵2つ目は、金額又は算定の根拠がある程度分かることです。
必ずしも最終的な正確な金額まで確定している必要はありませんが、「婚姻費用として月額○万円を請求する」「算定表に基づく相当額を請求する」など、定期的な生活費の請求であることが分かる形にしておくべきです。

⑶3つ目は、証拠が残っていることです。
電話や口頭のやり取りだけでは、後日「言った、言わない」の争いになりやすくなります。内容証明郵便が典型ですが、メール、LINE、SMS、弁護士名義の通知書などでも、内容と送信日が確認できれば重要な証拠になります。


5 「養育費」と書いていた場合でも婚姻費用と評価できることがある

離婚協議中の当事者間では、まだ離婚が成立していないにもかかわらず、子どもの生活費について一般的に用いられる「養育費」という言葉が使われることがあります。
法律上、養育費は主に離婚後の子どもの監護費用として使われる言葉です。他方、離婚が成立していない間の夫婦と子どもの生活費は、基本的には婚姻費用の問題です。
そのため、離婚前の協議で「養育費として月額○万円」と表現していた場合でも、実質的に、別居中の子どもの生活費・教育費を継続的に分担する趣旨であれば、婚姻費用の請求又は婚姻費用に関する協議として評価できる余地があります。

ただし、ここは争点になりやすい部分です。支払う側からは、「それは離婚後の養育費の話であって、婚姻費用の請求ではない」「離婚条件全体の一部として提案しただけで、法的義務を認めたものではない」と反論されることがあります。

したがって、実務上は、離婚前の段階では婚姻費用請求の趣旨であることを明示して請求を行っておくことが安全ではあります。
このように書いておけば、「養育費なのか、婚姻費用なのか」という余計な争点を減らすことができます。
もっとも、実務上は請求時説というよりも寧ろ調停申立時説とでもいうべき硬直的な運用がなされるケースも散見され、本当に安全に婚姻費用の請求を進めるのであれば、調停申立てを早急に行うことをお勧めします。


6 すでに一部支払われている場合はどうなるか

別居後、相手が毎月一定額を支払っているケースもあります。
たとえば、適正な婚姻費用が月額12万円であるにもかかわらず、相手が毎月6万円だけ支払っている場合です。この場合、後に調停や審判で月額12万円が相当と判断されれば、過去分について、既払額を控除した差額の清算が問題となります。
一部支払がある場合には、その支払いが何の趣旨でされたものかも重要です。相手が「婚姻費用として支払っている」と説明していたり、申立書・答弁書・LINE等でそのように表現していたりする場合には、少なくとも相手自身が別居後の生活費分担を婚姻費用として認識していた事情として主張しやすくなります。
反対に、支払う側として「暫定的な援助にすぎない」「婚姻費用としての法的義務を認めたものではない」と考えるのであれば、その趣旨を明確にしておかないと、後に既払婚姻費用として扱われる可能性があります。


7 調停申立て前に請求しておくべき理由

婚姻費用の始期で不利にならないためには、別居後できるだけ早い段階で、相手に婚姻費用を請求しておくことが重要です。

特に、次のようなケースでは、早急に書面で請求すべきです。

別居後、相手が生活費を入れなくなった。
相手が一部しか支払わない。
離婚協議はしているが、生活費の話が曖昧なままになっている。
相手が「離婚後の養育費なら払う」と言うだけで、離婚成立までの生活費を拒んでいる。
調停申立てまで時間がかかりそうである。

婚姻費用分担調停の申立てには、申立書、夫婦の戸籍謄本、申立人の収入資料、事情説明書などが必要とされています。裁判所の案内でも、必要に応じて資料提出を求めながら、夫婦の資産、収入、支出など一切の事情を把握し、調停又は審判で判断すると説明されています。
もっとも、資料を集めて調停を申し立てるまでには時間がかかることもあります。その間の始期を確保する意味でも、まずは内容証明郵便、メール、LINEなどで、婚姻費用を請求する意思を明確に残すことが有効です。


8 婚姻費用の請求書面に入れるべき内容

調停申立て前に婚姻費用を請求する場合、書面には少なくとも次の内容を入れるとよいでしょう。
⑴離婚成立までの婚姻費用であること
「養育費」「生活費」だけでなく、「婚姻費用」と明記します。
⑵始期を明記すること
「令和○年○月分から」と書きます。別居月から求めるのか、通知月から求めるのかを明確にします。
⑶金額又は算定方法を書くこと
「月額○万円」又は「双方の収入資料に基づき算定表上相当な金額」と記載します。金額が暫定の場合は、「資料開示後に精算する」としておく方法もあります。また、将来的に調停や審判で婚姻費用が定まった場合、本請求時に遡って精算する旨も記載しておくべきです。
⑷支払期限・振込先を記載すること
毎月末日限り、指定口座に振り込むなど、履行方法を明確にします。

くどいようではありますが、実務上はこのレベルで請求を事前に行い、これに呼応して婚姻費用として支払っているような事案でも、調停内で合意に至った「より高額な婚姻費用の差分」の精算を調停申立時に擦り切るという(筆者の観点からは不適切と思料される)運用がなされる場合もあるため、確実に婚姻費用を発生させる観点から調停の申立てを早急に行うことを検討するべきです。


9 よくある質問

Q1 別居した月から当然に婚姻費用を請求できますか?

当然に別居月から認められるとは限りません。別居時から請求時までの期間、相手が要扶養状態を認識していたか、遡って負担させることが酷でないかなどが問題になります。安全策としては、別居後すぐに婚姻費用を明確に請求することです。

Q2 調停を申し立てる前にLINEで請求しても意味はありますか?

確実性はありませんが、一応意味はあります。ただし、「お金を入れてほしい」だけでは曖昧です。「離婚成立までの婚姻費用として」「令和○年○月分から」「月額○万円」「将来的に調停や審判で婚姻費用が定まった場合、本請求時に遡って精算する旨」など、婚姻費用の請求であることが分かる表現にしておくべきです。

Q3 内容証明郵便でないと始期として認められませんか?

内容証明郵便は証拠化しやすい方法です。メールやLINEでも、送信日、相手、内容が確認できれば証拠になり得ますが、弁護士の視点からは内容証明郵便で請求しておくべきと思料いたします。

Q4 申立書には8万円と書いた後で、資料が揃って12万円を請求できますか?

可能性はあります。婚姻費用は、双方の収入や子どもの費用など一切の事情を踏まえて相当額が判断されます。もっとも、当初請求額と後の主張額が異なる場合には、なぜ金額が変わったのか、いつからその金額を請求するのかが争点になりやすいため、教育費や収入資料などの根拠を整理して主張する必要があります。

Q5 離婚協議で「養育費」として話していた場合、婚姻費用の請求にはなりませんか?

必ずしもそうとは限りません。離婚が成立していない間の子どもの生活費・教育費は、法律上は婚姻費用に含まれると考えられます。ただし、「離婚後の養育費の話だった」と反論される可能性がありますので、離婚前は「婚姻費用」「離婚成立までの生活費」という言葉を明確に使うべきです。


10 まとめ

婚姻費用の始期は、実務上、非常に重要な争点です。
調停申立時からとされる扱いも根強い一方で、調停申立て前に書面・メール・LINE・内容証明郵便などで明確に請求していれば、その請求時を始期として主張できる可能性があります。
重要なのは、単に生活費に困っていることを伝えるだけではなく、婚姻費用として、いつから、いくらを請求するのかを客観的に分かる形で残すことです。
別居後の生活費に不安がある場合や、過去分の婚姻費用を請求したい場合には、早めに弁護士に相談し、請求書面や調停申立ての準備を進めることをおすすめします。

参考 当事務所の離婚に関する弁護士費用は以下のリンクからご参照ください。
https://kl-o.jp/divorce/

お電話でのお問い合わせ
平日9時~18時で弁護士が電話対応 
※初回ご来所相談30分無料

☎︎ 03-5875-6124